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芝居好きな珍獣シロクマの、主に観劇記などをUPした日記です

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劇団Ugly duckling最終公演『凛然グッド・バイ』観劇記 ~破~
簡単にではあるが、物語の流れをまず説明したい。
ザックリ・・・なのであまりネタバレにはならないとは思うが・・・。
東京・福岡で観るので少しのネタバレも嫌だ・・・という方は読まないように。


『凛然グッド・バイ』

-開演前のアナウンスで既に物語への導入開始-

宇宙服を着た2名の会話。
宇宙探検?調査? 何某かの「仕事」をしている。
進展があるのか、ないのか分からない仕事・・・。
しかし突然の成果が!?

場面変わって、一人の女の葬儀に現れた女「デモ」。
亡くなったのはデモの師匠だった「セン」

「デモ」と「セン」、二人の女の物語がここから始まる・・・。

そこは<”詩人が世界の均衡を保つ>とされる時代。
生まれついての特殊な資質のある者だけが詩人になれる。

荒んだ生活の為に言葉さえろくに話せなかった少女時代のデモ。
そんなデモにセンは詩人としての教育を施す。

センは何故詩人になったのか?
デモは果たして立派な詩人になれたのか?

時代を遡り、それらの経緯が綴られていく・・・。

最後に、また宇宙服の2名の会話。
この物語は、果たしていつの時代のことなのか?
どこで起きたことなのか?


こういった流れの物語だった。

「セン」が「デモ」を教育する部分は「ヘレン・ケラー」を想像して欲しい。
実際、作者の樋口ミユさんもそんなイメージだと語られていた。

「宇宙服の2人」によって物語の最初と最後が挟んである構造。
これはSF作品などでよくみられる構造で、SF小説好きならニヤリとくるはず。
本編中のセリフなどから、舞台が地球だけでなく別の星にも及んでいると分かる。

戦争、環境破壊、社会の大変革、そして宇宙移民・・・。

つまりこれは「ポスト・シンギュラリティSF」とも捉えられる作品なのだ。

ただし、「何が、どこがシンギュラリティ(変化点)だったのか?」については言及を避けたい。
おそらくそれは観客それぞれに思うところがあるだろうから・・・。

ただ、その中心には必ず「言葉」がある。
詩人の武器は唯一言葉のみであり、物語を語るのも唯一言葉だからである。
自らを「言葉フェチ」と呼ぶ樋口さんならでは・・・と思う。

こうしたストーリーを、2つのチームで全く別の演出で上演したわけである。

「春眠」チームは「デモ」出口弥生、「セン」ののあざみ。
「冬眠」チームは「デモ」村上桜子、「セン」吉川貴子。

”序”でも触れたが、春眠チームはとにかく潔いくらいに抽象的だった。
必要最低限度のセットと小道具だけ使い、シンプルな舞台空間を創っていた。
場転も照明変化などはあまり使わず、全体が一本の線で構成された感があった。

それに対して冬眠チームは非常に分かり易く具象的にまとめてあった。
沢山の小道具が視界を賑やかにし、照明の変化も顕著で効果的だった。
特に舞台の対角線を使った構図が頻繁に見られ、静的な中にも動的な画が楽しめた。

どちらが好みか?というのは非常に難しい・・・。
けれど個人的な趣味からいえば春眠の方だったろう。

ちなみに・・・。
「春眠」→「冬眠」の順で観る方がいいか、「冬眠」→「春眠」か?
これも好みで分かれると思うが、クマ個人的には「春眠」→「冬眠」でよかった。
ただしコレは「ポワロが好きかコロンボが好きか」みたいな感じかもしれない。
どちらが良いとか悪いとか・・・は無い。

・・・脱線した・・・

とにかく同じシナリオでありながら、全くの別物に仕上がっていた。
そしてその完成度は両チームとも極めて高かった。


次回~急~では、もう少しネタバレな部分にも踏み込んでお伝えしてみたい。
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